ITコーディネータプロセスガイドライン4.0(第1部)

 IT コーディネータは、企業存続と組織の成長のために、変革構想立案からシステム導入・評価改善までを一貫して推進・支援するプロフェッショナル人材として、デジタル経営の推進、すなわちIT 経営の実現とDX の推進に取り組んでいます。その推進を担う団体であるITコーディネータ協会は、ITコーディネータのパーパス(存在義)とミッションの変化を踏まえ、2024年3月にプロセスガイドライン3.1を改訂し、「デジタル経営推進プロセスガイドライン4.0」をリリースしています。3.1の時にうたっていた「IT経営」の推進が、4.0では「デジタル経営」の推進となり、デジタルトランスフォーメーション(DX)を意識した内容となりました。経営改革も、従来のITを使った改善レベルの持続的イノベーションではなく、破壊的イノベーションへのシフトによる競争力の強化が求められています。ここでは、ガイドライン4.0の概要について、お伝えしたいと思います。

 第1部では、デジタル経営についての概略やステークホルダーの役割、推進方法について、説明しています。

① デジタル経営の重要性

 まず、デジタル経営が企業の持続可能な発展に不可欠であり、技術革新と経営戦略の融合が重要であることを強調しています。

背景: 経済産業省のDXレポート(2018年)以降、デジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性が高まり、データやデジタル技術を活用してビジネスモデルを変革し、新たな顧客価値を創造することが求められています。

デジタル技術の進化: AIやIoT、クラウド、ブロックチェーンなどの進展により、効率化だけでなく競争力の向上やイノベーションの創出が可能になりました。

経営の融合: DXの成功には、経営とITの密接な統合が不可欠であり、組織文化の変革が必要になっています。

これらを踏まえ、ITコーディネータ協会では、デジタル経営を下記のように定義しています。経産省のデジタルガバナンス・コードのDXの定義とも整合しているかと思います。

デジタル経営の定義

・デジタル社会における経営環境の変化を洞察し、

・戦略に基づいたデータとIT の利活用による経営の変革により、

・企業の健全で持続的な成長を導く経営手法

DXの定義(デジタルガバナンス・コード) ※ご参考

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」

 また、デジタル経営の価値を4つの視点から定義しています。

顧客価値:

  • 顧客の課題解決や欲求に応えることで満足度を向上。
  • 商品・サービスの提供と費用対効果を重視。

事業価値:

  • 商品・サービスの市場競争力を基に売上や利益を形成。
  • 持続的な成長を支える組織能力が重要。

企業価値:

  • 財務状況や戦略的方向性が影響。
  • 各事業の成功が全体の企業価値を高める。

社会価値:

  • ESGやSDGsへの対応を通じた社会課題への貢献。
  • 企業の信頼性と持続可能性を向上。

② デジタル経営を支える経営理念

 続いて、企業環境の変化が激しく頻繁に事業の軌道修正が迫られる中、経営理念が今まで以上に組織や個人の判断と行動のよりどころとなると強調しています。

経営理念の重要性:

経営理念は、変化の激しい経営環境においても企業活動の根幹をなします

デジタル経営においても、経営理念は変革や意思決定の指針となります

デジタル経営の実現を目指す際、経営理念が行動の拠り所として機能します

社会課題への取り組み:

SDGsやESGへの対応が求められる時代背景

環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)を重視した経営活動が企業評価の基準となっています。短期的な成果だけでなく、中長期的な持続可能性を見据えた活動が必要とされています

また、企業文化の重要性についても強調しています。

企業文化の役割:

デジタル技術を活用した変革や新たなビジネス創出を支えます

不確実性の中で新しい挑戦を恐れない文化が必要です。そのためには、失敗を許容し、学習を重視する姿勢が重要です

企業文化の形成:

日々の業務活動から徐々に醸成されるが、意図的な文化形成も必要になります

明確な行動指針を設けることで、従業員の日常の判断や活動に統一感をもたらします

ダイバーシティとエンゲージメント:

ダイバーシティ(多様性): 様々な背景や視点を取り入れることでイノベーションを促進します

エンゲージメント:

従業員が仕事に深い関心を持ち、組織の成功に貢献する意欲のことで、エンゲージメントの向上により、従業員の定着率や満足度が高まります。ダイバーシティの進展に伴い、エンゲージメント向上の重要性が増しています

以上、デジタル経営を成功させるために経営理念が中心的な役割を果たし、企業文化がその実行を支える基盤となることが強調されています。特に、多様性や従業員の意欲向上といった要素が、持続的な成長を可能にする鍵として位置づけられています。

③ デジタル経営を支える人材と役割

 デジタル経営を実現するには、各種人材の役割分担と緊密な連携が不可欠です。以下、必要とされる主要な役割と責務を解説しています。

役割主な責務補足
経営者– デジタル経営の方向性や目標を示す
– ステークホルダーを動機づけ、変革を推進
– 自らが旗振り役となり全体を統率
経営トップや事業責任者が対象
デジタル経営推進者– デジタル経営を推進・実行
– ITシステムの活用や製品・サービスの企画、販売などの実務を担当
– 経営者やリーダー間の連携役を担う
経営や業務プロセスの深い理解、ITやデータ活用の知識、コミュニケーション能力が必須
開発リーダー– ITシステムの開発を指揮
– 外部ベンダーや内部チームと協働
– 顧客や現場のニーズを反映したシステムを構築
事業価値を生み出す仕組みを構築する役割
運用リーダー– ITシステムの運用を管理
– 顧客や現場の声を収集し、環境変化に対応
– 継続的な改善を図り、全体最適を追求
開発リーダーや推進者と連携し、安定的に価値を提供
デジタル経営支援者– 外部から助言や支援を提供
– 推進者やリーダーの育成を支援
– 内製化の必要性を判断し、導入をサポート
組織内に必要な能力がない場合に外部から補完する役割

 この表は、各役割が果たすべき責務と、その関係性を簡潔に整理したものです。それぞれの役割が連携して、デジタル経営の成功に向けた活動を推進することが重要です。また、それぞれの相互協力の重要性が強調されています。特に、全員が共通の目標に向かうためのコミュニケーションと役割分担が不可欠であるとしています。

これから説明するデジタル経営を実現するための各サイクルやプロセスにおいて、それぞれが担う役割を整理しているので、参考にしてください。

④ デジタル経営の推進方法

 デジタル経営推進の全体像について、ご説明します。

デジタル経営の進め方と基本原則

  • 実行基準: デジタル経営で注力すべき重要な活動領域の「進め方(プロセス)」
  • 判断基準: 各プロセスの実行における判断視点を「基本原則」

を提示しており、その実行基盤として、2つのサイクルと共通基盤を設けています。

デジタル経営成長サイクル(C1):

経営方針の決定、イノベーション、戦略立案、成長を目指すサイクル

価値実現サイクル(C2):

顧客価値の実現を支えるプロセスで、開発・導入、運用、価値検証を含む

デジタル経営共通基盤(CB):

両サイクルで必要となる共通的な支援機能を提供し、活動を支える

この全体像の関係性を詳述したのが次の図になります

【プロセスの詳細

プロセス概要
P1 変革・成長プロセス経営環境の変化を認識し、デジタル経営成熟度の評価と向上を図り、経営方針や戦略の基盤を形成。
P2 デジタル経営戦略プロセス新たな価値実現に向けた方向性を示し、顧客価値・事業価値・企業価値を考慮した戦略を策定。
P3 デジタル経営実行計画プロセスデジタル経営戦略に基づき、具体的な実行計画を立案。
P4 IT開発・導入プロセス必要なITシステムの設計・開発、導入を実施。
P5 価値提供・運用プロセスITシステムを活用し、顧客や現場に価値を提供しながら安定的に運用を実施。
P6 提供価値検証プロセス実際に提供した価値を検証し、経営戦略や実行計画の見直しにフィードバック。

⑤ 推進方法のポイント

デジタル経営成熟度:

現在のデジタル経営レベルを評価し、目指すべきレベルに向けてスパイラルアップを実現

成熟度を評価する4つの視点:

  • デジタル経営マインド: 経営者と従業員が一体となって変革を進める企業文化
  • デジタル経営ガバナンス: 各プロセスやサイクルが適切に運用されているか
  • デジタル環境: 安定的なITサービスや教育・セキュリティ体制の整備
  • デジタル利活用: データやITを活用した事業範囲の拡大や業務改善

データの利活用:

経営目標の達成状況や戦略立案においてデータを活用

市場や現場からの情報収集をもとに、戦略や計画に反映

プロセスの柔軟な適用:

新規事業開発、既存事業の改革、業務効率化など、多様な経営課題に応じてプロセスを柔軟に適用する。各サイクルが並行して実行され、継続的な改善を図る。

ここでは、デジタル経営の進め方を具体的に示すとともに、プロセス間の連携やフィードバックを通じて持続的な成長を目指すことの重要性を強調しています。これにより、変化する経営環境に対応しながら、価値の実現を効率的かつ効果的に進めることが可能になります。

⑥ デジタル経営を成功に導く10の基本原則

最後に、判断基準であるデジタル経営を成功に導く10の基本原則について、ご説明します。

基本原則1:説明責任を果たす(リーダーシップの原則)

経営者がリーダーシップを発揮し、変革を推進する責任を全うする

基本原則2:変化をチャンスに変える(イノベーションの原則)

環境や状況の変化をイノベーションの機会として活用する

基本原則3:顧客価値を問い続ける(価値創造の原則)

価値重視の発想に切り替え、デジタルとの組み合わせで顧客価値を発想、構想化する

基本原則4:データとIT を常に念頭に(デジタルシフトの原則)

データとIT の利活用が常に前提となることを心に刻み、価値実現を図る

基本原則5:全体視点で捉える(全体最適の原則)

全体視点で考える習慣をつけ、個別と全体の行き来で最適な方向を見定める

基本原則6:自前主義から共創へ(オープンな共創の原則)

オープンで自由な共創風土をつくり、オープンマインドと、他社とは違う強みを持つ

基本原則7:利用者との関係をより深く(利用者動機付けの原則)

利用者の協力レベルは理解と共感の深さで決まる

基本原則8:戦略と実行を合わせる(戦略実行整合の原則)

経営戦略に沿った価値実現が目標通りに進んでいるかをモニターし、可視化する

基本原則9:人中心の持続的な成長へ(学習と成長の原則)

デジタル環境と人の成熟を同時に図っていくため、人的資本経営にも注力する

基本原則10:データ重視の意思決定へ(ファクトベースの原則)

経験や勘による判断から、デジタルを利活用し、データを重視した判断をする

PGL3.1では、原則が64ほどありましたので、大幅に簡素化され、逆に実践的になりました。

 以上が第1部の概要です。第2部以降、サイクルとプロセス、共通基盤の詳細になりますが、次の記事でご説明したいと思います。