新たな言葉に振り回されず、変革の本質を捉える
はじめに ― AXという言葉への違和感
最近、「AX(AI Transformation)」という言葉を耳にする機会が増えてきました。
生成AIの急速な普及を背景に、AIを活用して企業の業務やビジネスモデルを変革する取り組みを「AX」と呼ぶ動きが広がっています。AI関連企業のサービス紹介やセミナーなどでも、頻繁に登場するようになりました。
ただ、私はこの言葉に少し違和感を覚えています。
「それは、これまで取り組んできたDX(Digital Transformation)の一部ではないのか?」
DXは、デジタル技術を活用して企業の業務、組織、ビジネスモデル、さらには企業文化まで変革していく取り組みです。AIもデジタル技術の一つである以上、AIを活用した変革は、当然DXに含まれるはずです。
新しい技術が登場するたびに新しい言葉が生まれ、それがあたかも従来の概念に代わるものとして語られる。IT業界では、これまでも繰り返されてきた光景です。
一方で、生成AIの登場が、従来のデジタル技術とは異なる大きな変化をもたらしていることも事実です。
今回は、DXとAXの関係を整理しながら、AI時代の経営変革の本質について考えてみたいと思います。
1.そもそもDXとは何だったのか
DXの本質を考えるうえで、まず確認したいのは、DXの意味するところが、IT導入や業務のデジタル化よりもずっと広いという点です。
経済産業省が示すDXの考え方では、データとデジタル技術を活用して、製品・サービスやビジネスモデルを変革するとともに、業務、組織、プロセス、企業文化などを変革し、競争上の優位性を確立することが重視されています。
つまり、DXの目的はデジタル技術の導入そのものより、デジタル技術を手段とした経営変革にあります。
DXを理解する際には、次の3つの段階に整理すると分かりやすいでしょう。
| 段階 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| デジタイゼーション | アナログ情報のデジタル化 | 紙の帳票を電子データにする |
| デジタライゼーション | デジタル技術による業務プロセスの改善 | 受発注・経理業務のシステム化 |
| デジタルトランスフォーメーション | ビジネスモデル・組織・企業文化の変革 | データを活用した新サービス創出、顧客価値の変革 |
これまでのDX推進では、ERP、クラウド、IoT、RPA、BIなど、さまざまなデジタル技術が活用されてきました。
ただし、本来のDXは特定の技術を前提としたものではありません。
経営課題を解決し、顧客価値を高め、企業の競争力を強化する。そのためにデジタル技術をどう活用するかを考える、経営変革の枠組みなのです。
2.では、AXとは何なのか
AXは一般的に、AI Transformationの略称として使われています。
AIを活用した業務効率化にとどまらず、AIを前提として業務プロセスや意思決定、組織のあり方、さらにはビジネスモデルそのものを変革することを意味します。
ここで、DXとAXの定義を並べてみましょう。
- DX:デジタル技術を活用して経営・事業・組織を変革すること
- AX:AIを活用して経営・事業・組織を変革すること
こうして並べてみると、両者が対立する概念ではないことが分かります。
AIはデジタル技術の一つですから、論理的にはAXはDXの一部と捉えるのが自然です。
私は、両者の関係を次のように整理しています。
DXという経営変革の大きな枠組みの中に、AIを主要な駆動力とするAXがある。
もちろん、AXをDXから独立した新しい変革概念として捉える考え方もあります。その場合でも、変革の対象や目的に本質的な違いがあるのかは、慎重に考える必要があるでしょう。
少なくとも、AXという言葉が登場した今も、DXの重要性は変わりません。
3.国や関係団体はAXをどう位置づけているのか
興味深いのは、公的機関や関係団体でもAXという言葉が使われ始めていることです。
例えば、経済産業省が2026年4月に公表した「DX銘柄2026」では、AIをはじめとするデジタル技術を前提とした経営変革に挑む企業を選定したとしています。あわせて、AI法の成立などを踏まえ、企業におけるAIトランスフォーメーションの取り組みを一層評価したと説明しています。
ここで注目したいのは、名称が「AX銘柄」ではなく、引き続き「DX銘柄」であることです。
つまり、DXという経営変革の枠組みを維持しながら、その中でAIを活用した変革を重視していると読み取れます。
同じ傾向は、IPA(情報処理推進機構)が2026年7月に公開した「DX動向2026」にも見られます。DXの取組状況や成果に加えて、生成AIを含むAIの活用実態や効果、課題、AI関連人材の状況までを、DXの調査の中で取り上げています。
また、ITコーディネータ協会も「中小企業向けAX推進ガイドライン」を公表しています。
こちらは、中小企業の経営者、現場担当者、ITコーディネータなどが共通認識を持ち、AIを活用した変革を進めるための実践的な指針を示したものです。
こうした動きを見ると、AXはAI関連企業のマーケティング用語の域を超え、企業の経営変革を考えるうえで一定の位置づけを得つつあると言えるでしょう。
ただし、これはDXとAXが別物になったことを意味するわけではありません。
DXという従来の枠組みの中で、AIという技術の重要性が飛躍的に高まった。
その変化を明確にするために、AXという言葉が用いられていると考えるのが、私にはしっくりきます。
4.それでもAXという言葉に意味がある理由
ここまでの整理では、AXはDXの一部という結論になります。
それならば、わざわざAXという新しい言葉を使う必要はないのでしょうか。
私は、この言葉にも一定の意味があると考えています。
生成AIの登場によって、企業がデジタル技術に期待できる役割が大きく変わってきたからです。
従来のデジタル化では、決められた処理を正確かつ効率的に実行することが中心でした。例えば、受注情報の入力、在庫管理、請求書の発行、会計仕訳の自動化などです。これらは、あらかじめ業務ルールや処理手順を明確にすることで、システム化を実現してきました。
一方、生成AIは、これまで人間が担っていた知的業務にも活用できるようになっています。文章の作成、情報の整理・分析、企画立案、プログラミング、問い合わせ対応、判断の支援など、その対象は広範囲に及びます。
さらにAIエージェントの進展により、一定の目標に向けて複数の処理を組み合わせ、業務を遂行することも可能になりつつあります。
ここで、企業が考えるべき問いが変わってきます。従来のデジタル化では、
「この業務を、どうシステム化・自動化するか?」
という問いが中心でした。これからは、
「そもそも、この業務を人間が行う必要があるのか?」
「AIと人間の役割分担を前提に、業務そのものを再設計できないか?」
という問いが重要になります。
既存業務の効率化にとどまらず、業務の進め方や組織のあり方を根本から見直す可能性が生まれているのです。
この変化を強調するという意味で、AXという言葉には価値があると考えています。
5.気をつけたい「AI導入=AX」という誤解
一方で、AXという言葉が広がることによる懸念もあります。
それは、かつてDXという言葉が普及した際と同じことが繰り返される可能性です。
DXが注目され始めた頃、さまざまなIT製品やクラウドサービスが「DX推進ツール」として紹介されました。しかし実際には、従来の業務をデジタル化しただけで、経営や組織の変革にまで至らなかったケースも少なくありませんでした。
「ITツールを導入したからDXを実現した」という誤解です。
これと同じことが、今度はAXでも起こりかねません。
例えば、社員に生成AIのアカウントを配布する。AIチャットボットを導入する。社内文書の作成にAIを利用する。
これらは有益な取り組みですが、それだけでAXを実現したと言えるでしょうか。
AIを導入することと、AIによって企業が変革することは、別の話です。
「RPAを導入したからDX」ではなかったように、「生成AIを導入したからAX」でもありません。
AIの導入によって何が変わったのか。業務プロセスや顧客価値、従業員の働き方、意思決定の仕組みはどう変わったのか。
そこまで踏み込んで初めて、Transformation(変革)という言葉にふさわしい取り組みになるはずです。
6.中小企業に必要なのは、言葉の使い分けより経営課題の解決
私は、中小企業診断士とITコーディネータの立場から、企業の業務改革やデジタル化を伴走支援してきました。
その経験から感じるのは、中小企業にとって大切なのは、DXやAXという言葉の使い分けよりも、目の前の経営課題をどう解決するかだということです。
例えば、経理業務に多くの時間がかかっている企業であれば、まず現状の業務プロセスを確認し、ムダや重複作業を洗い出す必要があります。業務ルールが複雑で属人化しているのであれば、標準化やマニュアル化が先決かもしれません。
そのうえで、CSVによるデータ連携、RPA、クラウドサービス、生成AIなど、適切な技術を組み合わせて改善を図ります。
実際に、ある中小企業の経理業務標準化プロジェクトでは、業務手順を整えたうえで、生成AIの支援を受けて仕訳データの一括取込の仕組みを実装し、月間約650分の作業を約30分に短縮しました。この取り組みの詳細は、「AI実装型の伴走支援とは? ― 生成AIが変える中小企業DXの新しいかたち」で紹介しています。
ここで大切なのは、すべてをAIで解決しようとしないことです。
定型処理であれば、従来のシステム連携や自動化の方が、正確性、処理速度、コストなどの面で優れている場合があります。一方、暗黙知の整理、文書作成、情報分析、判断支援などでは、生成AIが非常に有効な手段になります。
つまり、AIを使うことを目的にするのではなく、経営課題に応じて最適な技術を選ぶことが重要なのです。
さらに、AIを導入した後も、人材育成、業務ルールの見直し、品質管理、情報セキュリティなど、組織として取り組む課題は続きます。
中小企業のDX・AXを成功させるには、技術だけでなく、経営と業務の両面を理解し、継続的に変革を支援する視点が欠かせません。
7.「DXからAXへ」ではなく「DX × AI」
最近は、「DXからAXへ」という表現も見かけます。新しい時代への変化を分かりやすく伝えるキャッチコピーとしては魅力的です。
ただ、私はこの表現には少し注意が必要だと感じています。
「DXからAXへ移行する」という言い方は、これまでのDXが過去のものとなり、AXという新しい取り組みに置き換わるような印象を与えかねないからです。
実際には、生成AIを活用するためにも、データの整備、業務プロセスの標準化、システム間の連携、組織横断的な業務改革など、これまでDXで取り組んできた課題が重要になります。
むしろ、AIを効果的に活用しようとすればするほど、これらの基盤整備の重要性は高まるでしょう。
私は、これからの企業変革を、
「DXからAXへ」ではなく、「DX × AI」
と捉える方が適切ではないかと考えています。
DXの考え方を土台にしながら、AIを強力な変革の手段として組み込み、これまで実現が難しかった業務改革や新たな価値創造に取り組む。その延長上に、AXと呼ばれる変革があるのではないでしょうか。
おわりに ― 変わるのは技術、変わらないのは経営変革の本質
AXという言葉について考えてきましたが、私の結論はシンプルです。
AXは、DXという土台の上に成り立つ、DXの一部である。
一方で、生成AIは、従来のデジタル技術とは異なる可能性を持っています。これまで人間が担ってきた知的業務に踏み込み、仕事の進め方や、人と技術の役割分担そのものを見直すきっかけになるということです。
この大きな変化を捉えるために、AXという言葉を使うことには意味があるでしょう。
ただし、DXであれAXであれ、その目的は経営課題を解決し、顧客価値を高め、企業の持続的な成長につなげることにあります。
新しい言葉や技術に振り回されることなく、経営の目的を見据え、必要な変革を着実に進めていくことが大切です。
私自身も、中小企業診断士・ITコーディネータとして、これまで実践してきた伴走型のDX支援にAIを積極的に組み込みながら、企業の変革を支援していきます。
大切なのは、AXに取り組んでいると宣言することより、AIによって企業の何を変えるか。
技術がどれほど進化しても、この経営変革の本質は変わらないのではないでしょうか。
あわせて読みたい(実践編)
本記事は、AI時代の経営変革についての「考え方」をまとめたものです。生成AIを活用して実際に業務改善の仕組みを実装した事例は、次の記事で紹介しています。
▶ AI実装型の伴走支援とは? ― 生成AIが変える中小企業DXの新しいかたち
参考資料
- 経済産業省「デジタルガバナンス・コード」
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dgc/dgc.html - 経済産業省「DX銘柄2026」「DX注目企業2026」「DXプラチナ企業2026-2028」を選定しました(2026年4月10日)
https://www.meti.go.jp/press/2026/04/20260410002/20260410002.html - IPA「DX動向2026」広がるAI導入、DXは変われるか(2026年7月30日)
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/dx-trend-2026.html - IPA「DX動向2025」
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/dx-trend-2025.html - ITコーディネータ協会 生成AI研究会「中小企業向けAX推進ガイドライン」
https://www.itc.or.jp/ailabs/