最近、AI業界で「FDE(Forward Deployed Engineer)」という職種が注目されています。
FDEとは、顧客の現場に深く入り込み、課題発見からシステムの開発・実装まで一貫して担うエンジニアのことです。
この考え方を知ったとき、私が中小企業診断士・ITコーディネータとして実践してきた伴走型支援との共通点を感じました。そして、生成AIの普及によって、この伴走型支援が新たな段階に進みつつあると実感しています。
それが、「AI実装型の伴走支援」です。
従来は専門エンジニアに依頼していた技術的な実装の一部を、業務を理解するコンサルタント自身が、生成AIを活用して実現できるようになりました。
実際に、ある中小企業の経理業務標準化プロジェクトでは、生成AIを活用して仕訳データの一括取込を実装し、月間約650分の作業を約30分に短縮しました。
今回は、この実践事例を通じて、AI時代の新しいDX支援のあり方を考えてみたいと思います。
1.FDEとは? ― AI時代に注目される新しい人材像
FDEは、データ分析プラットフォームを提供する米国Palantirなどが先行して採用してきた職種です。現在では、OpenAIをはじめとするAI企業でも、その重要性が高まっています。
従来のシステム開発では、コンサルタントが業務課題を整理し、システムエンジニアが設計・開発を担当する分業が一般的でした。
一方、FDEは顧客の現場に深く入り込み、課題の発見から解決策の設計、システムの開発・実装、さらには業務への定着までを一貫して担います。
FDEの担当範囲は、課題発見、技術的な要件整理、システム設計、開発、本番展開まで幅広く、その成果は、システムを完成させたかどうかよりも、実際の業務で活用され、効果を生み出しているかで評価されます。
つまり、大切なのはシステムを開発すること自体よりも、顧客の業務を理解し、技術を使って具体的な成果を生み出すことです。
この考え方は、私がこれまで実践してきた中小企業への伴走型支援とよく似ています。
そして生成AIの進化によって、FDE的なアプローチは専門エンジニアだけのものから、より多くの人が実践できるものへと広がりつつあります。業務改革に携わるコンサルタント自身が、生成AIを活用して改善の仕組みを実装できる範囲が広がってきたからです。
その可能性を、私自身も最近の経理業務標準化プロジェクトで実感しました。
2.実践事例 ― 経理業務の標準化と生成AIによる現場実装
ベテランの暗黙知を形式知化する
現在、ある中小企業で経理業務の標準化プロジェクトを支援しています。
このプロジェクトでは、システムの導入や自動化の前に、ベテラン担当者へのヒアリングを通じて、長年の経験に基づいて行われてきた業務の実態を把握することから始めました。
中小企業では、特定の担当者が長年にわたって業務を担い、作業手順や判断基準がその人の頭の中に蓄積されていることが少なくありません。いわゆる「暗黙知」です。
この状態では、担当者が不在になると業務が滞ったり、新しい担当者への引き継ぎに多くの時間がかかったりします。
そこで、ヒアリングで得られた情報を整理し、生成AIを活用しながら、標準業務手順書を半自動的に作成しました。これまで暗黙知となっていた業務の流れや判断基準を見える形にし、誰もが理解できる形式知へと変えていく取り組みです。
さらに、業務を可視化する過程で、非効率な作業や改善の余地がある業務を洗い出し、約20項目の改善テーマを抽出しました。
このように、業務の標準化は、マニュアルの整備にとどまらず、業務の全体像を明らかにし、改善すべき課題を発見するための大切な活動でもあります。
月間650分の仕訳入力業務を30分に短縮
約20項目の改善テーマの一つが、弥生会計への仕訳データの入力業務でした。
従来は、仕訳データを1件ずつ弥生会計へ転記していました。1件当たりの作業時間は平均約30秒。月間約1,300件を処理するため、合計で約650分、すなわち約10時間50分を要していました。
そこで、ExcelのPower Queryを活用し、元データを弥生会計に取り込める形式のCSVへ変換する仕組みを構築しました。
Power Queryとは、Excelに備わっているデータの取得・加工・変換の機能です。定型的なデータ変換を自動化できるため、こうした業務に適しています。
ただし、Power Queryの処理を一から書くことは、私にとってこれまで専門外の領域でした。そこで今回は、生成AIのClaudeを活用しました。
実現したい処理内容や出力形式をClaudeに伝え、生成されたPower Queryの処理を確認・調整しながら、実際の業務で使える仕組みとして実装したのです。
その結果、仕訳データの一括取込と確認作業を含めた時間は、月間約30分に短縮されました。
| 項目 | 改善前 | 改善後 |
|---|---|---|
| 月間仕訳件数 | 約1,300件 | 約1,300件 |
| 処理方法 | 1件ずつ転記 | CSV一括取込 |
| 月間作業時間 | 約650分 | 約30分 |
| 月間削減時間 | ― | 約620分 |
| 作業時間削減率 | ― | 約95.4% |
年間に換算すると、約124時間の作業時間削減に相当します。なお、これは仕訳入力業務に限った効果です。
既存のExcelと会計システムを生かした比較的小規模な改善でも、大きな生産性向上を実現できることが分かります。
そして、今回の取り組みで私が特に驚いたのは、これまで自分では難しかった技術的な実装を、生成AIの力を借りて実現できたことです。業務改革を支援するコンサルタントにとって、大きな可能性を感じる経験でした。
改善を積み重ねていく
今回の仕訳入力業務の改善は、約20項目の改善テーマの一例です。経理業務標準化プロジェクトでは、業務手順の整備を土台として、今後も継続的に改善活動を進めていきます。
業務の属人化を解消し、作業時間を削減し、業務品質を安定させる。そして、そこで生み出された時間を、より付加価値の高い業務へ振り向けていく。
業務の可視化 → 標準化 → 改善テーマの抽出 → 実装 → 効果検証 → 継続的改善
この一連の活動こそが、生産性向上につながる大切なプロセスだと考えています。
3.生成AIが変える、業務コンサルタントの実装力
今回の経験から、生成AIがもたらす変化について、改めて考えさせられました。
これまで、業務改善の仕組みを構築するには、業務知識とプログラミング技術の両方が必要でした。この二つを一人で十分に備えることは容易ではなく、業務を理解するコンサルタントと、システムを構築するエンジニアが役割を分担してきました。
ところが生成AIによって、この関係が変わり始めています。業務を理解している人が、生成AIを活用することで、自ら技術的な実装を行える範囲が大きく広がっているのです。
今回の仕訳入力業務の改善でも、鍵になったのはPower Queryの技術そのものより、業務の構造の理解でした。
仕訳データがどのように作成され、どのような形式で会計システムに登録する必要があるのか。そして、どの部分を標準化・自動化すれば業務全体の効率が上がるのか。こうした業務の構造を理解し、実現すべき仕組みを具体的に描けたことが、成果につながりました。
生成AIは、その構想を実際に動く仕組みへと変えるための強力な支援手段になったのです。
今後、業務改善を担う人材には、次のような力がますます求められると考えています。
- 業務の本質的な課題を発見する力
- あるべき業務プロセスを構想する力
- 実現したい仕組みを具体的に定義する力
- 生成AIを活用して試作・実装する力
- AIが生成した成果物を検証・評価する力
- 現場への定着と継続的改善を推進する力
言い換えれば、「何を作れるか」に加えて、「何を作るべきか」を判断できることの価値が、これまで以上に高まるということです。
ただし、生成AIがプログラムを作成してくれる場合でも、技術的な知識は引き続き必要です。生成された処理の正確性、例外処理、セキュリティ、保守のしやすさなどの確認は欠かせません。特に経理業務では、仕訳件数や金額、勘定科目、税区分などの整合性を確認する必要があります。
AIに実装を手伝ってもらっても、実装の責任は最後まで人が持つ。この姿勢を大切にしています。
4.中小企業DXに求められる「AI実装型の伴走支援」
中小企業のDX支援では、高度なAIシステムや大規模なIT投資よりも、現場で日常的に使っているExcelや既存の業務システムを生かすことで、大きな改善効果が得られる場合が少なくありません。
今回の経理業務改善は、まさにその一例です。既存のExcelと弥生会計を生かし、生成AIの支援によってデータ変換の処理を実装しました。
大切なのは、最新技術の導入そのものより、経営・業務課題に対して、最も合理的な解決手段を選ぶことです。
特に中小企業では、IT専門人材が不足していることも多く、現場の業務課題を技術的な要件に落とし込むことは容易ではありません。だからこそ、経営と業務を理解し、現場に寄り添いながら改善の仕組みを構築できる人材が求められます。
これは、FDEが重視する「顧客の現場に入り込み、技術によって成果を実現する」という考え方と共通しています。そして、私が実践してきた中小企業診断士・ITコーディネータとしての伴走型支援とも、非常に親和性が高いと感じています。
中小企業診断士として経営課題や業務課題を捉え、ITコーディネータとしてIT活用の構想から導入・定着までを支援する。そこに、生成AIを活用した実装力が加わることで、課題発見から改善の実現までの距離を、さらに縮められるようになります。
私は、こうした支援のあり方を「AI実装型の伴走支援」と捉えています。その基本的な考え方は、次のとおりです。
経営・業務課題を起点に、生成AIを活用して改善の仕組みを自ら実装し、成果が出るまで伴走する。
高度な専門技術が必要な領域では、ITベンダーやエンジニアと協業します。自ら実装できる領域を広げながら、必要に応じて専門家とも連携し、お客様にとって最適な解決策を実現する。これまでの伴走型支援に「自ら実装する力」が加わることで、中小企業のDXを、より速く、より実践的に進められると考えています。
5.AI時代のコンサルタントの役割と可能性
FDEという職種を知り、今回の実装経験を振り返るなかで、一つの方向性が見えてきました。それは、「提案するコンサルタント」から「改善の仕組みを共に作り上げるコンサルタント」への進化です。
私自身も、これまで提案に加えて実行支援や定着支援まで、現場に入り込んで経営・業務改革に伴走してきました。生成AIの登場によって、その支援範囲がさらに広がっています。これまで専門エンジニアに依頼していた技術的な実装の一部を、コンサルタント自身が担えるようになってきたからです。
その結果、課題を発見してから改善策を形にするまでの時間を短縮し、現場の反応を確かめながら、素早く試行錯誤できるようになります。また、改善の仕組みを実際に動かすことで、机上の提案では見えにくい課題や、新たな改善の機会に気づくこともできます。
FDEは本来、高度なソフトウェア開発能力も求められる専門職であり、今回の実践とは担う範囲に違いがあります。それでも、顧客の現場で課題を発見し、技術を活用して解決策を実装し、具体的な成果につなげるという思想には、大きな共通点があります。
生成AIは、このFDE的なアプローチを、より多くの業務改革の専門家が実践できる可能性を広げているのだと思います。
おわりに ― 業務を知る人が、改善を実装する時代へ
今回の経理業務改善は、Power QueryとCSVを活用した比較的小規模な取り組みでした。それでも、月間約650分の作業を約30分に短縮できたことに加え、これまで自分では難しかった技術的な仕組みを構築できたことは、生成AIの可能性を強く実感する経験となりました。
そして何よりも大切なのは、こうした改善を一度で終わらせず、積み重ねていくことです。
ベテラン担当者の暗黙知を見える形にし、標準業務手順書を整備し、改善テーマを抽出する。そのうえで、生成AIを活用しながら改善の仕組みを実装し、成果を検証して、次の改善へとつなげていく。こうした地道な取り組みの積み重ねこそが、中小企業の持続的な生産性向上につながると考えています。
これまで「技術的に難しい」と見送ってきた改善策が、生成AIによって実現できるようになる。これは、中小企業のDXにとって大きな追い風になるはずです。
FDEという新しい職種が注目される背景には、技術革新に加えて、顧客の課題を理解し、解決策を実際の成果に結びつける人材が、これまで以上に求められているという変化があるのでしょう。
生成AIは、業務を深く理解する人に、新たな実装力をもたらします。経営・業務改革の専門性とAIによる実装力を掛け合わせることで、コンサルタントが提供できる価値はさらに広がっていきます。
私自身も、中小企業診断士・ITコーディネータとして培ってきた経験を生かしながら、「AI実装型の伴走支援」を実践し、中小企業の変革と生産性向上に貢献していきたいと考えています。
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※本記事の作業時間削減効果は、経理業務標準化プロジェクトにおける仕訳入力工程の実績に基づいています。年間削減時間は、月間の効果を12か月に換算した数値です。