今の営業部門に必要なこと

 法人向け営業の場合に有益な「チャレンジャー・セールス・モデル」という概念・手法があります。2011年にマシュー・ディクソンとブレント・アダムソンによって提唱され、長きにわたって世界中の経営者や営業の見本となってきた本です。自身の前職の会社もこの考え方をベースに営業教育を行っていました。営業組織改革のご支援にあたり、改めて読んでみましたが、今でもまったく色あせない考え方だと思います。その論点を、少し詳しく触れてみたいと思います。


なぜ「チャレンジャー営業」が注目されるのか

本書では、世界中の企業から集めた6000名以上の営業データを分析し、「もっとも成果を上げている営業」のタイプを明らかにしています。その結果、最も売れていたのは「チャレンジャー(挑戦者)タイプ」でした。

チャレンジャー型の営業は、以下の3つの力に長けているとされます。

  • 指導(Teach):顧客の視野を広げ、今まで気づかなかった課題や可能性を教える
  • 適応(Tailor):顧客の業種や役職に応じてメッセージを柔軟に調整する
  • 支配(Take Control):営業プロセスを主導し、必要な場面で強く交渉をリードする

従来は「関係構築型営業」が王道とされていましたが、意思決定が複雑化した現代の法人営業では、それだけでは通用しなくなっています。信頼関係はあくまで「結果」であり、成果を出すには顧客に新たな視点と価値ある行動の選択肢を示すことが必要なのです。


顧客が本当に求めているのは「気づき」

本書の中で印象的だった調査結果の一つは、「営業体験が顧客ロイヤルティの半分以上を決めている」という点です。製品・サービスの良し悪しではなく、営業担当者との会話そのものが価値を持つかどうかが重要だというのです。

顧客が営業に求めているのは、「何かを売ってもらうこと」ではなく、「自分たちのビジネスに対して新たな視点をくれること」。その意味で、チャレンジャー営業は「売り手」ではなく「教師」のような存在に近づく必要があります。


チャレンジャー営業の核心:インサイト主導の会話

では、実際にチャレンジャー型の営業がどのように商談を進めていくのかを見てみましょう。本書では「6ステップの指導的会話」として以下のように整理されています。

  1. 地ならし(仮説提示)
     他社事例や業界トレンドを使って、顧客の関心ごとを先回りして提示
  2. 再構成(インサイト提供)
     顧客が気づいていない課題や思い込みをひっくり返すような新しい視点を提示
  3. 裏付け(根拠提示)
     データや図表、ROIなどで、提案内容の価値を論理的に支える
  4. 心を揺さぶる(感情に訴える)
     顧客の痛みやリアルなエピソードにリンクさせて共感を得る
  5. 新しい行動の提案
     製品購入ではなく、行動を変える価値を示す(ソリューションはまだ登場しない)
  6. ソリューション提示
     最後に自社の独自性と価値を自然な流れで紹介する

この順序を守ることで、「自社の強み」に顧客を納得感を持って導くことが可能になります。


チャレンジャー型営業を組織で育てるには

本書の大きなメッセージのひとつは、「チャレンジャーは育成できる」という点です。ただしそれには、以下のような組織的な仕掛けが必要とされます。

  • 営業トークや資料の整備(マーケティングとの協働)
  • 教える力を鍛えるトレーニング
  • 仮説提案力を高めるための業界知識の共有
  • コンセンサス形成力を高めるためのインフルエンサー戦略
  • 支配力=自己主張スキルの育成

このプロセスを「ソフトウェアの更新」ではなく、「営業組織のOSを入れ替える」と表現している点も、非常に示唆に富んでいます。


最後に:営業とは、顧客に「行動」を起こさせる仕事

チャレンジャー・セールス・モデルは単なるフレームワークではありません。現代の法人営業に求められる「顧客の思考を変え、行動を促す営業体験」をつくるための、本質的な考え方です。

単なる製品説明や関係づくりにとどまらず、顧客の未来を変えるための営業。それがチャレンジャー営業です。

営業部門やマネジメントに携わる方であれば、一度立ち止まって、自分たちの営業活動が「教え」「適応し」「支配しているか?」をぜひ見直してみてはいかがでしょうか。