1. 生産性向上はゴールではない ― VEの考え方で「何のために」を定義する
「もっと効率的に」「ムダをなくそう」。多くの現場で掲げられるスローガンはまっとうですが、労働生産性や人時生産性の向上がそれ自体の目的になった途端、活動は途端に息切れします。“忙しさを減らすこと”は大切でも、それだけでは会社の未来は描けません。
ここで拠り所にしたいのが、私がコンサルティングでも取り入れているVE(Value Engineering)の考え方です。VEは「価値=機能/コスト」という関係で、製品やサービスの価値を最大化するための技法です。コストだけを削るのでも、機能(働き・役割)をやみくもに盛るのでもなく、「何のために(F0)」(FはFunctionの略)という大目的を起点に必要な機能を見極め、適正コストで実現する考え方です。もの本位ではなく、機能本位で価値向上を考えるものです。
この記事でも同じ発想をとります。
生産性を上げて、何を実現したいのか。
この大目的(=F0)を起点に、労働生産性の改善で生まれる“余力”を戦略投資へつなぎ、その投資を中期経営計画に編み込む。これが本稿の主題です。

生産性を高めることはあくまで「手段」であり、経営の「目的」は価値創造・未来づくりですね!
2. これまでの振り返り:労働生産性を高める6つのステップ(内部リンク推奨)
本労働生産性シリーズの前半(第1~6回)は、「どうやって労働生産性や人時生産性を上げるか」にフォーカスしてきました。要点を簡単に振り返ります。
- 第1回:仕組み化 ― 属人から脱却し、再現性を設計する
仕事を「人の力」でなく「仕組みの力」で回すために、標準手順や品質の基準線を整えました。人時生産性を土台から押し上げる、最初の布石です。
(→ 第1回はこちら) - 第2回:業務の見える化 ― 全体最適の視点でムダを炙り出す
スイムレーンや業務プロセス全体図で、誰が・いつ・何を・どう繋ぐかを可視化。ボトルネックや二重入力を見える化し、業務効率化の優先度を定めました。
(→ 第2回はこちら) - 第3回:ロジックツリー ― 問題から真因へ、筋のよい打ち手へ
「問題→原因→真因→課題→解決策」の道筋を明確化。思いつきではなく、因果でつながる改善に変える思考の足場をつくりました。
(→ 第3回はこちら) - 第4回:時間の使い方分析 ― 付加価値時間を増やす
会議・待ち・移動など付加価値を生まない作業を削り、重点業務へ時間を再配分。人時生産性を測りながら、時間の“余白”を生み出しました。
(→ 第4回はこちら) - 第5回:IT活用 ― デジタルで人の力を増幅する
入力の一元化、ワークフロー化、ダッシュボード運用などで現場を後押し。業務効率化と労働生産性の同時向上を狙いました。
(→ 第5回はこちら) - 第6回:実行力強化 ― やり切る仕組みで定着させる
WBS、進捗レビュー、DoD(完了定義)で「続ける」を設計。改善を仕組みに織り込み、日常運用に落とし込みました。
(→ 第6回はこちら)
こうして現場に生まれたのは、ひとことで言えば余力です。時間の余力、人材の余力、資金の余力、組織の余力――。次章ではこの余力を、どう未来に換えていくかを考えます。
3. 労働生産性向上で生まれる「余力資源」を、戦略投資へ変換する
3-1. 労働生産性向上で生まれる「余力資源」
労働生産性や人時生産性を高めることで生じるのは、単なるコスト削減ではなく余力資源です。たとえば、業務の段取り最適化や標準化で1人あたり1日30分の余力が生まれたとしましょう。人数に比例して、その“30分”は事業の未来を変える時間へと変換できます。
余力資源 | 内容 | 期待される効果 |
---|---|---|
時間の余力 | 業務効率化で社員1人あたり30分などの可処分時間を創出 | 学習・改善・顧客対応の質を高められる |
人材の余力 | 単純作業から解放され、新しい業務に挑める | 高付加価値活動・創造的業務へのシフト |
資金の余力 | 利益率改善により投資原資を確保 | 戦略投資の財源、成長資金に活用可能 |
組織の余力 | 調整コスト減少、意思決定スピードアップ | 部門横断で新規事業や改革を推進 |
3-2. 余力を注ぐ4つの戦略投資領域(人材→価値→市場→基盤)
生産性向上で生まれた余力は、次の4領域に振り向けると成長に直結します。
投資領域 | 狙い | 具体例 |
---|---|---|
人材育成(学習と成長) | デジタル活用力・改善力・リーダー力を高める | DX研修、次世代リーダー育成、OJT+改善活動 |
商品・サービス開発(価値) | 高付加価値化・差別化を実現する | VEによる機能再設計、新商品試作、アフターサービス強化 |
販路拡大・マーケティング(市場) | 既存顧客の深耕と新市場開拓を両立する | デジタルマーケティング、ウェビナー、展示会、インサイドセールス |
デジタル・設備投資(基盤) | 労働生産性を持続的に高める基盤整備 | ERP/CRM導入、在庫・納期可視化、ダッシュボード活用 |
重要なのは“何となく広く薄く”ではなく「何のために」(F0)という大目的をもとに、KGI/KPIを一本の線で結ぶことです。
4. 労働生産性と中期経営計画をどう結びつけるか ― 戦略マップで描く成長シナリオ
労働生産性の改善を単年度の効率化で終わらせてはいけません。中期経営計画(3〜5年)に組み込み、成長の物語に仕立てることが重要です。ここで役立つのがバランススコアカード(BSC)の戦略マップです。
4-1. BSC戦略マップの4つの視点と労働生産性の接点
視点(BSC) | 主なテーマ | 労働生産性との接点 | 成果イメージ |
---|---|---|---|
学習と成長 | 人材育成、デジタル活用力、改善文化 | 人材の余力を教育に再配分、スキル強化 | DX人材育成、改善提案が常態化、次世代リーダー育成 |
業務プロセス | 標準化、平準化、品質管理、業務効率化 | 労働生産性・人時生産性をKPIに設定 | リードタイム短縮、納期遵守率向上、ミス削減 |
顧客 | 新しい価値提案、顧客接点強化、LTV改善 | 生産性向上で生まれた余力を顧客対応に投資 | 顧客満足度UP、解約率低下、重点顧客の深耕 |
財務 | 営業利益率、キャッシュ創出、投資資金確保 | 生産性改善=利益創出の原資 | 営業利益率+1pt、新製品売上比率20% |
実際に戦略マップをつくる時のつなぎ方のコツ:
「学習と成長(人材×データ)→業務プロセス(労働生産性・業務効率化)→顧客(提供価値)→財務(利益・キャッシュ)」という下から上の矢印を、数値とマイルストーンで“読み上げられる”状態にすること。
4-2. 余力→投資→成果の“数字のストーリー”を明文化する
労働生産性を改善したら、次のような“数値の物語”として中期経営計画に落とし込みます。
ステップ | 具体例 | 中期経営計画への反映 |
---|---|---|
① 効率化 | 労働生産性+5%、人時生産性+10% | KPI(業務プロセスの視点) |
② 利益確保 | 営業利益率+1pt → 投資原資○○円確保 | 財務の視点:投資余力 |
③ 戦略投資 | 人材育成30%/商品開発30%/販路拡大30%/基盤10% | 学習と成長/価値創造/市場開拓/基盤整備 |
④ 成果指標 | 新製品売上比率20%、顧客満足度+10pt | 顧客の視点:価値実現 |
⑤ 成長シナリオ | 売上高成長率+20%、キャッシュ創出額○○円 | 財務の視点:KGI達成 |
この“算式のストーリー”が、中期経営計画を絵に描いた餅にしない最大の工夫です。四半期レビューで先行指標のズレを即時補正できるように、ダッシュボードとWBS/DoDを連動させておくと運用が安定します。
4-3. 2つの仮想ケースでイメージする(製造業/多店舗流通)
(A)製造業(BtoB)
1年目:見える化→段取り短縮→工程内不良削減→人時生産性底上げ。
2年目:工程データ×MVPで商品機能の再設計、納期信頼性を差別化要因に。
3年目:重点顧客の深耕(指名買い)と新分野の試作提案。
KGI例:営業利益率+2pt、納期遵守95%、新製品売上比率20%。
(B)多店舗流通(本部⇔店舗)
1年目:業務プロセスの標準化(指示テンプレ/役割別業務指示/実行ダッシュボード)。
2年目:店舗教育と販促MVP(地域別A/Bテスト)、業務効率化と売場体験の両立。
3年目:重点SKUの構成比と在庫回転率最適化でLTV改善。
KGI例:粗利率+1.5pt、重点SKU構成比+8pt、施策実行率90%。
両ケースの共通点は、「労働生産性→余力→戦略投資→顧客価値→財務」という一本筋。この筋を戦略マップで見える化し、四半期ごとに先行指標を補正するのが勝ち筋です。
5. まとめ:生産性向上は“未来づくり”の原動力 ― 経営をデザインする
ここまでの議論を一言で凝縮すると、生産性向上は「資源の流れ」を変える行為だということです。
VEの「何のために」(F0)を頂点に据えて、目的-手段を整える
労働生産性で生まれた余力を戦略投資に再配分する
戦略マップで中期経営計画に織り込む
これが“効率化のための効率化”に陥らないための、経営のデザイン(設計図)です。
最後に、経営をデザインするためのチェックポイントを置いて締めます。抽象的な問いではなく、すぐ会議に持ち込める実務の問いにしてあります。
- F0の宣言:わたしたちは「何のために」生産性を上げるのか。文章で言い切れているか。
- 余力の棚卸し:時間・人・資金・組織の余力を数値で見積もったか(四半期単位)。
- 投資ポートフォリオ:人材/価値(商品・サービス)/市場(販路)/基盤(デジタル)への配分原則はあるか。
- 戦略マップの因果:学習と成長→業務プロセス(労働生産性・業務効率化)→顧客→財務の矢印をKPIで語れるか。
- レビュー運用:WBS/DoDとダッシュボードが接続し、先行指標のズレを四半期で補正できているか。
- 撤退基準:投資テーマごとのやめどき(仮説棄却条件)が明文化されているか。
生産性を上げることは、会社の“軽量化”ではなく、「未来の自由度」を増やす行為です。
3年後のありたい姿から逆算して、今日の30分・今日の1件・今日の1行動を設計していきましょう。
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