第8回:労働生産性と価値づくりをどう統合するか

――効率性と付加価値のバランスを現場で実現するために


前回の【第7回記事:労働生産性を上げて何をする?―中期経営計画とつなげる視点】では、「生産性を高めることは経営の目的ではなく、未来づくりの手段である」ことを強調しました。

つまり、企業にとって真に重要なのは「どれだけ効率的に作業を進めたか」ではなく、
「その成果が顧客や社会にとってどんな価値を生んだか」 です。

効率化だけを追い求めれば、いずれ価格競争に巻き込まれ、利益率が下がり続けることは避けられません。
そこで本稿では「生産性と価値づくりをどう結びつけるか」をテーマに、
中期経営計画(中計)への落とし込み方、VE(Value Engineering)の発想、現場実践の方法を解説します。


1.中期経営計画と価値づくり

中計の本来の役割

中計は「数値目標の表」ではなく、未来像と価値創造シナリオを描く羅針盤です。本来あるべき姿は以下の通りです。

  • 顧客や社会に提供する「価値」を起点にする
  • その価値を生むために必要なリソース・効率化施策を示す
  • 数値目標は価値創造を支える結果指標である

効率偏重のリスク

  • 価格競争の泥沼:コストを削っても価値が高まらなければ、結局は値下げでしか勝てない
  • 人材の疲弊:削減を目的化すると、現場は「早くこなす」だけに追われ創意工夫が出ない
  • 未来投資の先送り:短期効率を優先し、中長期の研究開発や人材育成を犠牲にする

中計に組み込むべき生産性指標

効率と価値の両面をKPIに組み込むことが肝要です。

KPIの種類具体例目的
効率KPI工数削減率、業務自動化率、残業削減率生産性向上によるリソース余力の創出
価値KPI新製品売上比率、顧客満足度、新規顧客獲得数、付加価値額成長率顧客・市場に提供する価値の拡大

VE(Value Engineering)の発想を労働生産性に応用する

VEの基本式

価値 = 機能 ÷ コスト

  • 「機能」=役割・働き。顧客にとっての効用(満足度)
  • 「コスト」=その機能を提供するための投入資源

労働生産性との対応関係

労働生産性 = 付加価値 ÷ 労働投入量

  • VEの「機能」を「付加価値」に置き換え
  • 「コスト」を「労働投入量」と読み替えると一致

つまり、効率化はあくまで「価値を高めるための手段」と位置づけられます。


労働生産性×価値づくりの統合モデル

2軸マトリクスで考える

付加価値性 低い付加価値性 高い
効率性 高い低価格競争型理想型(高効率 × 高付加価値)
効率性 低い非効率・低収益宝の持ち腐れ(潜在価値は高いが収益化できない)

目指すべきは「高効率 × 高付加価値」のゾーンです。
効率化で得た余力を「価値づくり」に再投資することが成長の鍵になります。では、その「効率」と「価値」をどのように一つの指標で測ることができるのか。ここで重要になるのが、経営分析でよく使われる 「付加価値労働生産性」 です。
この指標は、単なる作業効率ではなく、付加価値をどれだけ効率的に生み出しているかを可視化するものであり、
「効率性 × 価値性」を統合的に捉えるための代表的な尺度といえます。

付加価値労働生産性の重要性

  • 指標:付加価値額 ÷ 従業員数(または労働時間)
  • 価値創造と効率化の両立度合いを可視化できる

図表:労働生産性と付加価値労働生産性の対比

指標名捉える観点陥りやすい誤解
労働生産性(単純)生産量 ÷ 労働投入量作業効率「多く作れば良い」になりがち
付加価値労働生産性付加価値額 ÷ 労働投入量効率 × 価値付加価値の創出を無視できない

労働生産性を上げる実務アプローチ ― 現場での統合手法

業務削減で生まれた余力を価値活動に回す

  • 製造業:段取り替え短縮 → 新製品開発の試作時間へ
  • サービス業:注文処理を効率化 → 顧客体験向上の接客へ
  • IT業務:定型作業を自動化 → 提案活動・分析へ

現場に「価値KPI」を設定する

  • 製造業:新製品売上比率を10%→20%へ
  • サービス業:顧客満足度を80点→85点へ
  • IT:新規提案数を1人あたり月2件→5件へ

VE的問いかけを習慣化する

  • この業務は顧客にとって本当に価値があるか?
  • もっと低コストで同じ機能を果たせないか?
  • 削った時間・資源をどの価値活動に再投資するか?

労働生産性向上のケース・シナリオ

製造業の事例 ― 効率化で余力を創出し、新市場開拓へ

ある中堅機械メーカーでは、組立工程における段取り替えに毎回45分かかっていました。改善活動で工具の配置や作業手順を見直した結果、段取り時間を25分に短縮。月間で換算すると、のべ80時間以上の余力が生まれました。

当初は「残業削減」のみを狙った活動でしたが、経営陣はその余力を「小ロット試作チーム」に再投資する判断をしました。これにより、従来は対応できなかった多品種少量の引き合いに応えられるようになり、新規顧客が増加。結果として売上総利益率が改善し、効率化が単なるコスト削減に終わらず、「新たな収益源の開拓」につながりました。

サービス業の事例 ― ICT活用で接客の質を高めリピーター獲得

ある飲食チェーンでは、ホールスタッフがオーダーを紙で取り、厨房へ伝えるまでに平均1.5分を要していました。注文入力をタブレット化した結果、オーダー処理は30秒で完了。スタッフの稼働時間の約20%を削減できました。

浮いた時間でスタッフは「料理の説明」「おすすめメニューの提案」「次回来店時のキャンペーン案内」など、顧客と対話する時間に充てるよう教育を徹底。顧客アンケートでは「スタッフの接客が親切」という評価が向上し、半年後にはリピート来店率が15%上昇。結果的に売上高だけでなく、顧客単価も伸びました。

IT・知識労働の事例 ― 自動化で分析力を強化し、提案力を向上 

あるコンサルティング会社では、調査レポート作成に毎月延べ200時間を費やしていました。調査の一次情報収集やデータ整理をAIツールで自動化した結果、作業時間は半分以下に短縮。余った時間は「顧客の事業戦略に基づくシナリオ分析」や「新市場参入に向けた提案資料作成」に振り向けられました。

顧客にとって「単なる調査レポート」から「未来の戦略提案」へとアウトプットが変化し、顧客満足度が向上。既存顧客からの追加受注率が上がり、紹介経由の新規案件獲得にもつながりました。効率化の成果が、直接「付加価値向上」と「事業拡大」に結びついた好例です。


まとめ ― 労働生産性と価値づくりを一体で捉える

  • 労働生産性は目的ではなく、価値づくりのための手段である
  • VE発想を応用することで「効率」と「価値」を両立できる
  • 中計に「効率KPI」と「価値KPI」を両立させることが実務で重要
  • 浮いた余力を価値創造に再投資する循環を作ることが持続成長の鍵

最後に強調したいのは、

「労働生産性を価値づくりと一体で考えれば、効率化が単なるコスト削減ではなく、新しい価値を生む原動力となり、企業の未来を切り拓く力になる」

ということです。
効率化と価値創造を統合し、中期経営計画に落とし込むことこそ、企業の未来を切り拓く道筋となります。

善コンサルティングオフィスでは、実行・定着に重きを置いた伴走支援を行っております。ぜひ一度ご相談ください。

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